全国の皆さん、本当にありがとうございました

家づくりとは関係ありませんが、この章の最後にご支援くださった全国の皆さんに感謝の意を示したいと思います。

今回の熊本地震に被災するまでは、テレビのニュースで被災地のことを見ている立場でした。

記憶に新しいところでは2011年の東日本大震災、津波が襲ってくる映像を見て背筋が冷たくなる思いでした。

親友が福島県に住んでおり、安否を心配して電話をかけ続けたことが思い出されます。

東日本大震災は金曜部の午後に発生し、友人の携帯電話に連絡が取れたのは2日後の日曜日でした。

家には大きな被害があったそうですが、家族は全員無事であったことを確認しホッと胸をなでおろしたのが、ついこの前のように感じます。

それから中越地震や阪神・淡路大震災も鮮明に記憶に残っています。

この時、私個人ができたことは募金をしただけなんです。

東日本大震災の惨劇を報道で見て、できればボランティアに出かけたい衝動にも駆られましたが、当時会社勤めであった私は時間が許さず、募金という形でしか支援することができなかったんです。

 

今回は私の暮らす、故郷熊本が被災しました。

私個人にも全国の友人知人から電話、メール、お見舞いなどをたくさん頂戴しました。

本当に有り難い限りです。

上述の東日本大震災に被災した福島県の親友は、米や様々な食料を送ってくれました。

東日本大震災の被災地福島から食料が届けられるなんて夢にも思いませんでした。

 

震災後、全国から支援のために多くの方が熊本にやってきてくれました。

一番目に留まったのが自衛隊の方々です。

行方不明者の捜索はじめ、瓦礫の撤去、給水、炊き出し、仮設の風呂を設営するなど、被災者にとって本当に支えとなる活動をしていただきました。

震災直後は廃墟と化した街に「災害派遣」と書かれた自衛隊の車両が往来し、まるで戦場のような光景でした。

地震に限らず、台風や洪水といった自然災害時に自衛隊の活動をニュースなどでよく目にしていましたが、実際目にしたのは初めてでした。

この活動がどれだけ私たちを支えて頂いたか、感謝の気持ちで一杯です。

自衛隊の災害派遣活動は、2016年5月9日をもって統合任務部隊の編成が解除され一部活動を終了、5月11日をもって自衛隊は熊本市内のすべての避難所から撤収されました。

地元のニュースで、避難所を撤退する自衛隊を見送る被災者の様子が報道されました。

深々と頭を下げ見送る人々、中には涙ぐんでいる方もいらっしゃいました。

また避難所の子供たちの相手もしてくれたのでしょう、別れを惜しむ子供たちの姿もありました。

私はその報道を見て涙が止まりませんでした。

日本の自衛隊は本当に素晴らしいと思います。

 

自衛隊以外にも全国の自治体からもたくさん支援に来ていただきました。

南阿蘇では建物や土砂に埋まり多くの方が亡くなりました。

行方不明者の捜索にあたっていたのは、自衛隊員に加え全国から集まった警察官も参加していました。

その中で不明者に必死に励ましの声をかけながら捜索を続けていた人のヘルメットには「静岡県警」と書いてありました。

胸が熱くなりました。

近所で震災ゴミを回収していたゴミ収集車には「大阪市」と書いてありました。

私の地域の応急危険度判定を行っていらっしゃったのは岐阜市の職員さんでした。

このほか全国のたくさんの自治体から派遣された職員さんたちが、支援業務を行って下さいました。

 

民間のボランティアの方も全国から多数駆けつけて頂きました。

震災が4月だったこともあり、ゴールデンウィークには多くのボランティアの方がいらっしゃいました。

中には東日本大震災の被災地宮城県から来てくださった方もいらっしゃいました。

 

書いても書いてもキリがないほど、熊本は全国の皆さんにご支援いただき、現在も助けて頂いています。

本当に有り難いです。

この気持ちは熊本県民、みんな同じだと思います。

熊本が復興するには相当に時間が必要であると思います。

しかし、全国の皆様から頂戴したご支援を胸に刻み、いつか必ず元気な熊本を取り戻すことができると信じています。

そして、起こってほしくはありませんが、他の地域でこのような災害があれば、自分にできる精一杯のお手伝いをしたいと思います。

今回熊本を支援してくださった全国の皆さん、本当にありがとうございました。

 

なお、熊本地震を経験して地震への備えと対策をまとめた「地震への備えと対策.com」を公開していますのでよかったらこちらも覗いて見て下さい。

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